そらはいつでもそこにあるのに。(後編)
古い、鉄製の扉は、静かに開けてもぎぃ。。。と鈍い音を立てる。
キッチンへの扉が開いて、無言の彼が入ってきた。
顔を赤黒く、瞳孔が開いている。
『おかえり』を言おうとしたが、何も言えなくなる程の恐怖を感じた。
怒り、呆れ、蔑み、哀れみ。
様々な感情が交じり合った表情。
それでも負けじと話しかけようとした私に、
彼は勢いよく近付いてきた。
『お前。。。自分が何やったかわかってんのか。。。?』
引きつった顔で、私の首をそこそこ強く絞めながら、彼は問う。
答えようにも答えられないほどの力。
暫く見つめ合っていたが、苦しくて涙が出てきた。
おもむろに私を畳の部屋へ突き飛ばすと、荷物をまとめ始めた。
『お前、今すぐ出てけ。』
頭が真っ白だった。
そりゃ、悪いのは私だ。
人の携帯勝手に見て、勝手に元カノに連絡取って、
私が仮に逆の事されたってそりゃキレると思う。
でもそんな私にしたのは誰?
貴方しか居ないようにさせたのは、紛れも無い貴方のせい。
彼女とだって、何話したか聞いたの?聞いてくれないの?
私は自分が幸せだとか自慢したわけじゃない。
むしろ謝罪して、余計なお世話だけど今後の貴方を心配して、
そして私はこの世界から消える予定だった。。。!
。。。こんなことになると思わなかった。
彼はどんどん私の荷物をまとめている。
服も、漫画も、日用品も何もかも。
これを片付けられたら、私はここに居られなくなってしまう。
必死で彼の手を止めようとしたが、何度も力強く振り払われてしまった。
まとめた荷物が入っている紙袋を、またひっくり返したりもした。
『そうゆうことするなら、いらないとみなして全部捨てるよ?』
行動でどうにかしてもダメだと思った。
片付けている彼に、私は泣いてすがった。
そして、蹴られたり跳ね飛ばされたりしても、
何度も号泣しながら土下座した。
『本当にごめんなさい!
でも詳しく聞かないで、一方的に終わらせようとしないで!!
お願いだから私の話を聞いてください!!』
みっともなくてもいい。
許されなくて良い。
大声で泣きながら話して苦情が来ても謝ればいい。
あんなに毎晩語り合った、彼ならきっと話を聞いてくれる。
ここで引き下がったら絶対後悔する。
本当に欲しい、大事な人を、努力せず自分から手放すなんて出来ない。
淡々と部屋に荷物がまとめられ、大分片付いた頃。
彼も少し冷静になったようで、私の前でしゃがみこんでくれた。
ぽつぽつと語る私を、彼は静かに怒りを蓄えた眼で真っ直ぐ見ていた。
泣くのをこらえながら、震えながら、
まず彼女と話した内容を細かく伝えた。
何だったら今すぐでも後日でも、彼女に確認してもらってもかまわないと言った。
それから、最近の自分の心境、こうなった経緯、
様々な謝罪、そしてこれから自分の悪いところを正すから、
まだ一緒に居て欲しいと懇願した。
彼は面白いくらいに冷たかった。
殆どずっと黙って聞いていた彼は、
少し笑いながら『もう無理だよ。遅すぎるよ。』と言った。
実際はもっと長々と同じやり取りのような事があって。
彼女にしてしまったことへの事の大きさを知らされ、
私の話す事に対して、解りづらい所は聞かれたりしながら進んだ。
自分の言いたい事をやっと、はっきり言えた気がした。
ずっと彼に嫌われたくなくて、言えなかった事もたくさんあったから。
吐き出してすっきりしたからとは思って無いけど、
話しながら自分の気持ちを整理しているうちに、
『あぁ、何かもうホントにこれで終わりなんだな』と悟った気がした。
彼に、合鍵を返して欲しいと言われた。
返したら全てが終わりそうで怖かった。
返しにくく渋っている私に、彼は話し始めた。
『前世とか、輪廻転生とか信じてる?』
『私は。。。信じてるよ。』
『。。。俺は信じてない。
でも、この世には縁はあると思う。
お前は自分を変えるって言った。
俺は実際、ちゃんと自分を変えた、変わった人間を見てる。
その人は自分を変えるのに5年かかった。
久しぶりに会った時、こんなにも人は変わる事が出来るのかって驚いた。
お前も本当に変わろうと思うなら、出来ると思う。
もしかしたら、変わってもすぐには会えないかもしれない。
お互い、何か他のことをしてるかもしれない。
でも、本当にお前と俺に縁があるなら、
5年先でも10年でも20年でも、いつかまた会えると思うよ。』
『そうだね。。。
こうやって、出会って、付き合ったのも理由があると思うし。
もし会えるようになって、どこにいるかわからなかったら、
探偵でも何でも自分で探して会いに行くよ。
私は、必ず、また会えるって信じてるから。』
希望をもらった気がした。
彼の本質の優しさに触れた気分だった。
人を中々信用できない私たちが、
繋がっていたからこそ、出来る話だったんじゃないだろうか。
私は、キーケースから鍵を外し、渡した。
そして、ありがとうとまた少し泣いてしまった。
その時は結構2人して落ち着いていたように思える。
彼は本棚から1冊の本をくれた。
広く大きい心を持てるように、諭すような本だった。
キッチンには、すっかり冷めてしまったハンバーグがあった。
もったいないので食べてから帰ることにした。
いつものように彼は私の隣に座っている。
私は時間と、思い出と、この今を噛み締めるように食べた。
苦しくて喉を中々通らなかったけど、
少しでも一緒に居たかった。
彼は横で私にくれた本を読みながら、簡単に解説してくれた。
ハンバーグは食べないというので、とりあえずラップをかけておいた。
いらないなら後で捨てておいてと伝えたが、
あの料理たちがどうなったのかは今でも知らない。
何で、今までこんな時間がたくさんあったのに、
私は自分から壊すようなことをしてしまったんだろう。
いつも彼はきれいに私の料理を食べてくれていたのに。
荷物は、7人乗りの彼の車の後部座席に、
いっぱいになるほどだった。
よくもまぁ、こんなに持ち込んだなwと笑われてしまった。
実家へ送ってもらう約1時間、大して会話はしなかった。
静かに、タバコを吸いながら音楽を聴いていた。
好きな曲をたくさん入れたこの車。
きっと今までこの助手席には、1番私が乗ってる、彼の車。
何だか無性に悔しくなってきて、
私の歌声が好きだと言った彼にわざと聞かせるように、けど控えめに歌った。
車に乗る度、この曲を聴く度、私を思い出してしまえばいいのに。
そうして忘れられなくなって、
いつまでもいつまでも彼の中に私が残ってしまえばいいのに。
そのうち、ラルクの『虹』が流れた。
歌詞とメロディと心情と情景と、何もかもがリンクして、
私は静かに、悟られないように涙を流した。
惜しい時ほど、流れる時間は早い。
いつの間にか、実家に着いてしまった。
降りるに。。。降りれない。
彼をまたいつ、こんな近くで見られるかわからない。
動けずに居ると、『降りないの?』と促されてしまった。
せっせと荷物を運び出し、彼だけ、車に乗り込んだ。
風は無いものの、深夜は冷え込んでいて、
もうこれからは1人で温まるしかないのだ。
『またちゃんと会えるんだから、またね!』
確信の無い『いつか』に、そういう風にしか言えなかった。
また会える『明日』はもう無い。
何も心配せず、解散するのはそれだけで幸せな事だった。
それこそ、もう遅い。
苦笑しながら彼は『じゃあね』と言って帰っていった。
私は驚いて泣いた。
やっぱりそんな彼が好きだ。
私は、メールでも会ってても、人に『バイバイ』と言われるのが嫌いだ。
1度彼に何気なく言われて、結構怒った事がある。
『バイバイ』って言われると、もう2度と会えないような、突き放された感じがする。
どうでもいいような、捨てられたような。
疎遠な人や、もう会わないような人に言われるのは大丈夫だけど、
良く会うような近しい人には言われたくないと。
だから、それから彼は私にそう言わなくなった。
今もだ。
私の気持ちに最後まで応えてくれた。
あぁもう。。。ありがとう。
すごい大事。
そうしていつまでも、私の心を乱すのが上手いんだ。ばか。
暫くは、別れた事実を受け入れるのに精一杯でした。
仕事に専念して、終わったら飲んだり遊び歩きまくって。
ヤケで体壊すんじゃないかって一部には心配されてました。
そんな私が、多分思いの外順調に、早く回復出来たのは、
きっと今の彼氏が私を受け入れ、救ってくれたからなのでしょう。
それはまた別のお話www
長文読んで下さった皆様、ありがとうございました。
キッチンへの扉が開いて、無言の彼が入ってきた。
顔を赤黒く、瞳孔が開いている。
『おかえり』を言おうとしたが、何も言えなくなる程の恐怖を感じた。
怒り、呆れ、蔑み、哀れみ。
様々な感情が交じり合った表情。
それでも負けじと話しかけようとした私に、
彼は勢いよく近付いてきた。
『お前。。。自分が何やったかわかってんのか。。。?』
引きつった顔で、私の首をそこそこ強く絞めながら、彼は問う。
答えようにも答えられないほどの力。
暫く見つめ合っていたが、苦しくて涙が出てきた。
おもむろに私を畳の部屋へ突き飛ばすと、荷物をまとめ始めた。
『お前、今すぐ出てけ。』
頭が真っ白だった。
そりゃ、悪いのは私だ。
人の携帯勝手に見て、勝手に元カノに連絡取って、
私が仮に逆の事されたってそりゃキレると思う。
でもそんな私にしたのは誰?
貴方しか居ないようにさせたのは、紛れも無い貴方のせい。
彼女とだって、何話したか聞いたの?聞いてくれないの?
私は自分が幸せだとか自慢したわけじゃない。
むしろ謝罪して、余計なお世話だけど今後の貴方を心配して、
そして私はこの世界から消える予定だった。。。!
。。。こんなことになると思わなかった。
彼はどんどん私の荷物をまとめている。
服も、漫画も、日用品も何もかも。
これを片付けられたら、私はここに居られなくなってしまう。
必死で彼の手を止めようとしたが、何度も力強く振り払われてしまった。
まとめた荷物が入っている紙袋を、またひっくり返したりもした。
『そうゆうことするなら、いらないとみなして全部捨てるよ?』
行動でどうにかしてもダメだと思った。
片付けている彼に、私は泣いてすがった。
そして、蹴られたり跳ね飛ばされたりしても、
何度も号泣しながら土下座した。
『本当にごめんなさい!
でも詳しく聞かないで、一方的に終わらせようとしないで!!
お願いだから私の話を聞いてください!!』
みっともなくてもいい。
許されなくて良い。
大声で泣きながら話して苦情が来ても謝ればいい。
あんなに毎晩語り合った、彼ならきっと話を聞いてくれる。
ここで引き下がったら絶対後悔する。
本当に欲しい、大事な人を、努力せず自分から手放すなんて出来ない。
淡々と部屋に荷物がまとめられ、大分片付いた頃。
彼も少し冷静になったようで、私の前でしゃがみこんでくれた。
ぽつぽつと語る私を、彼は静かに怒りを蓄えた眼で真っ直ぐ見ていた。
泣くのをこらえながら、震えながら、
まず彼女と話した内容を細かく伝えた。
何だったら今すぐでも後日でも、彼女に確認してもらってもかまわないと言った。
それから、最近の自分の心境、こうなった経緯、
様々な謝罪、そしてこれから自分の悪いところを正すから、
まだ一緒に居て欲しいと懇願した。
彼は面白いくらいに冷たかった。
殆どずっと黙って聞いていた彼は、
少し笑いながら『もう無理だよ。遅すぎるよ。』と言った。
実際はもっと長々と同じやり取りのような事があって。
彼女にしてしまったことへの事の大きさを知らされ、
私の話す事に対して、解りづらい所は聞かれたりしながら進んだ。
自分の言いたい事をやっと、はっきり言えた気がした。
ずっと彼に嫌われたくなくて、言えなかった事もたくさんあったから。
吐き出してすっきりしたからとは思って無いけど、
話しながら自分の気持ちを整理しているうちに、
『あぁ、何かもうホントにこれで終わりなんだな』と悟った気がした。
彼に、合鍵を返して欲しいと言われた。
返したら全てが終わりそうで怖かった。
返しにくく渋っている私に、彼は話し始めた。
『前世とか、輪廻転生とか信じてる?』
『私は。。。信じてるよ。』
『。。。俺は信じてない。
でも、この世には縁はあると思う。
お前は自分を変えるって言った。
俺は実際、ちゃんと自分を変えた、変わった人間を見てる。
その人は自分を変えるのに5年かかった。
久しぶりに会った時、こんなにも人は変わる事が出来るのかって驚いた。
お前も本当に変わろうと思うなら、出来ると思う。
もしかしたら、変わってもすぐには会えないかもしれない。
お互い、何か他のことをしてるかもしれない。
でも、本当にお前と俺に縁があるなら、
5年先でも10年でも20年でも、いつかまた会えると思うよ。』
『そうだね。。。
こうやって、出会って、付き合ったのも理由があると思うし。
もし会えるようになって、どこにいるかわからなかったら、
探偵でも何でも自分で探して会いに行くよ。
私は、必ず、また会えるって信じてるから。』
希望をもらった気がした。
彼の本質の優しさに触れた気分だった。
人を中々信用できない私たちが、
繋がっていたからこそ、出来る話だったんじゃないだろうか。
私は、キーケースから鍵を外し、渡した。
そして、ありがとうとまた少し泣いてしまった。
その時は結構2人して落ち着いていたように思える。
彼は本棚から1冊の本をくれた。
広く大きい心を持てるように、諭すような本だった。
キッチンには、すっかり冷めてしまったハンバーグがあった。
もったいないので食べてから帰ることにした。
いつものように彼は私の隣に座っている。
私は時間と、思い出と、この今を噛み締めるように食べた。
苦しくて喉を中々通らなかったけど、
少しでも一緒に居たかった。
彼は横で私にくれた本を読みながら、簡単に解説してくれた。
ハンバーグは食べないというので、とりあえずラップをかけておいた。
いらないなら後で捨てておいてと伝えたが、
あの料理たちがどうなったのかは今でも知らない。
何で、今までこんな時間がたくさんあったのに、
私は自分から壊すようなことをしてしまったんだろう。
いつも彼はきれいに私の料理を食べてくれていたのに。
荷物は、7人乗りの彼の車の後部座席に、
いっぱいになるほどだった。
よくもまぁ、こんなに持ち込んだなwと笑われてしまった。
実家へ送ってもらう約1時間、大して会話はしなかった。
静かに、タバコを吸いながら音楽を聴いていた。
好きな曲をたくさん入れたこの車。
きっと今までこの助手席には、1番私が乗ってる、彼の車。
何だか無性に悔しくなってきて、
私の歌声が好きだと言った彼にわざと聞かせるように、けど控えめに歌った。
車に乗る度、この曲を聴く度、私を思い出してしまえばいいのに。
そうして忘れられなくなって、
いつまでもいつまでも彼の中に私が残ってしまえばいいのに。
そのうち、ラルクの『虹』が流れた。
歌詞とメロディと心情と情景と、何もかもがリンクして、
私は静かに、悟られないように涙を流した。
惜しい時ほど、流れる時間は早い。
いつの間にか、実家に着いてしまった。
降りるに。。。降りれない。
彼をまたいつ、こんな近くで見られるかわからない。
動けずに居ると、『降りないの?』と促されてしまった。
せっせと荷物を運び出し、彼だけ、車に乗り込んだ。
風は無いものの、深夜は冷え込んでいて、
もうこれからは1人で温まるしかないのだ。
『またちゃんと会えるんだから、またね!』
確信の無い『いつか』に、そういう風にしか言えなかった。
また会える『明日』はもう無い。
何も心配せず、解散するのはそれだけで幸せな事だった。
それこそ、もう遅い。
苦笑しながら彼は『じゃあね』と言って帰っていった。
私は驚いて泣いた。
やっぱりそんな彼が好きだ。
私は、メールでも会ってても、人に『バイバイ』と言われるのが嫌いだ。
1度彼に何気なく言われて、結構怒った事がある。
『バイバイ』って言われると、もう2度と会えないような、突き放された感じがする。
どうでもいいような、捨てられたような。
疎遠な人や、もう会わないような人に言われるのは大丈夫だけど、
良く会うような近しい人には言われたくないと。
だから、それから彼は私にそう言わなくなった。
今もだ。
私の気持ちに最後まで応えてくれた。
あぁもう。。。ありがとう。
すごい大事。
そうしていつまでも、私の心を乱すのが上手いんだ。ばか。
暫くは、別れた事実を受け入れるのに精一杯でした。
仕事に専念して、終わったら飲んだり遊び歩きまくって。
ヤケで体壊すんじゃないかって一部には心配されてました。
そんな私が、多分思いの外順調に、早く回復出来たのは、
きっと今の彼氏が私を受け入れ、救ってくれたからなのでしょう。
それはまた別のお話www
長文読んで下さった皆様、ありがとうございました。